雪組公演『星逢一夜』感想その1

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「泣ける」「稀にみる傑作」評判のこの作品、私もめっちゃ泣くつもりで観劇に臨んだんですが、なんか損なことに(?)、あんまりグッと来ることもなく…(;^_^)あれれ?

 

とりあえずもう、ひたすら源太が不憫、以上!みたいな。

私としては劇中以下の二点引っかかって主人公ヒロインには全然感情移入できずじまいでした。

 

 

まず、中盤以降まるでマシンのように改革を進める主人公の晴興、彼のキャラの変化ですかね。ここに若干の違和感を覚えます。

幼少期の晴興は明らかに「情より理」のキャラじゃなかったと思うので、時間の経過があったとはいえちょっと変化が急だったような。

やはり少年時代における農民たちとの関わりあそこまで時間を割いた以上、成長するなら成長したでもう少し葛藤・苦悩の描写が欲しかったです。

(どうしても一幕という時間制限で尺が足りなかったんだとは思いますが。) 

 

 

次に、この点は個人的にすごく大きかったんですが主人公とヒロインとの間にそこまで強い恋愛感情があるようには見えなかったということ (;^_^)

まぁ、ここで引っかかってしまったら泣けるわけないっすね…。

 

再会した時点において、主人公達二人はそれぞれ違う時間を相応に生きて来ているし、お互い伴侶となる予定の人もいるわけで…

それでもなお互いを忘れられない、幼い頃の想いを引きずってしまう…というにはそれなりの説得力を有するだけの二人のみたいなのが描かれていてほしいところですけど、子供時代にそこそこ時間を使った割には…?って感じが正直しました。

 

たしかに田の水を巡る喧嘩、天体観測、小刀のシーン等がありましたが、これらの描写のみでは後半の凄絶な恋愛模様を成立させるには足りなかったように思います。

少なくとも江戸行き決定によって別れた時点においては、双方淡い恋心でとどまっているように私には感じられましたが…

(泉にとっての晴興は元々が一揆で失った親の仇(の子)というマイナス感情でのスタートだったというのもありますし)

 

だから祭りの再会シーンなんか、ともすると「あ、この二人まだお互いに好きなんだ、へぇ~(・д・)」とさえ感じられる…というか、私は初見ですっごくそう思った( ;^ω^)

そうなると後の展開ついていけるはずもなくあそこまで相反する立場になってもなお惹かれ合う、というストーリーも「なんで?」という気持ちが邪魔をして全然泣けない( ;^ω^)

 

特になんてラスト駆け落ちが心によぎってしまう、というところまで晴興を愛してしまうわけですからねぇ。圧政を布いて、生活を困窮させ旦那を斬った相手であるにもかかわらず、それこそ実の子供たちの存在を一瞬忘れるほどにですよ?

二人の出会いからこういった心境に至るまでの過程の描写理由づけが十分されていたかというとかなり微妙だったように感じます。

 

まあこういうものなんだヅカ的ラブストーリーではこうだよねみたいな目線で見ればごく自然な部分ではあると思いますが…

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コメント

  1. karara より:

    私は最初は、似非江戸時代設定が無理すぎて、ストーリーに入れませんでした。
    しかし、このヒロインは宝塚ファンの似姿かも、と思い直しました。

    泉がどういう女性かというと、
    晴興の気持ちに気づきながら、それに背を向けて源太と一緒になった。
    親の仇だとか、側室は嫌とか、女の意地もあったかもしれない。
    そして、自分だけを愛してくれる男を選んだ。
    でも晴興は永遠の王子様、心の中で大事にしていた。
    苦しい生活も、心に星があるから耐えられた。

    どうしても王子様には死んでほしくない、そしてクライマックス。
    せんが晴興を刺すか、逃がした、となれば、残された子供たちはどうなるか、全然彼女の頭には浮ばない。
    結局、自分のファンタジーの世界に生きていた女性なんだろう、と思うしかないです。

    源太が可哀そうすぎました。
    いやいや、自分が相手にとって二番目だと知りながら、その女性を熱愛する男性というのは、
    女性の理想なのかな?

    それにしても、もう少し時代考証をしてくれれば。
    その辺に引っ掛かってしまい、こっちの気持ちがついて行かなかったのが残念です。

  2. 黒猫 より:

    私も、、、そこまで感情移入できなかったクチです。
    源太が可哀想で。。。
    ラスト、泉が子供に
    「おとうがいなくて悲しいの?」
    みたいなことを聞かれたときに
    「違うんよ。ただ星が綺麗で」
    と答えてて、
    泉は本当に晴興しか興味なかったんだなー、というか、それ子供に言う?
    と冷ややかな気持ちになりました。

    一本ものでもっとじっくり丁寧に描いてもらえたら、もっと入り込めたかもしれませんね。

  3. HSTZ より:

    私が気になったのは、そちらよりも、源太が「貴姫を断って、泉をもらってくれ」というところかな。
    泉が晴興の(政略結婚枠である)正室になるのは絶対無理なので、ある意味、貴姫との結婚は泉には全く無関係。(鈴虫とかの)武士の家の養女にしてから、側室に入れれば良いだけの話でしょう。
    身分違いの悲恋にするための無理やり設定なのでしょうが、大体、紀之介だって、側室の子なんだし、何か辻褄があっていない気がして。
    ちなみに、将軍吉宗の母も百姓の娘との説がある位なので、泉が貧乏小藩の藩主の側室に入ること位は、実際の江戸時代でも不可能ではなかったかもしれません(とりあえず、女中とかで仕えさせて、子供を身ごもってからでしょうが)。

    でも...私は結構泣いてしまった口でした。

  4. karara より:

    私も、HSTZ様と同じところで、え?と思いました。
    結局彼らは、考え方が江戸時代の人間ではないんだと思います。
    普通は、藩主に望まれ、自分も憎からず思っているなら、受け入れるのでは。
    女手一つで田畑をするという、大変な苦労をしている母にも、楽をさせてやれます。
    (あの時代は、親への孝養が第一。)
    藩にしても、気に入った娘なら子供ができやすいので、否はないのでは。
    藩主の仕事は、藩をつぶさないこと、世継ぎをもうける事、これにつきます。

    晴興にしても、生母の身分が低いから、放置されていたなんて、そんな事はないでしょう。
    母は仮腹、身分は問われません。大事なお宝男子です。
    男子は複数いなければ、お家は全然安泰ではないです。
    かつ、大名の子弟は、礼儀作法は厳しく仕込まれますから、あの江戸城での無礼もありえない。

    とはいえ、これからの時代劇は、このように中身は現代になっていくのでしょう。
    日本物が消えてしまうよりは良いのかな。
    ひょっとしたら、上田先生の事、時代との齟齬など百も承知で、観客が感情移入しやすく書かれた可能性はありますね。

  5. ふらふらくらげ より:

    泉のあの時の決断について内面描写がなさ過ぎてどうとでも解釈できそうな気もしないでもありませんが、自分だけが逃げ出すことなく、村のみんなとこれからも苦楽を共にしていくことを選んだのだと捉えることも可能ではないかなと。田んぼの水を取られないように真っ先に戦おうとしていた彼女ですし。
    それにお互いに彼女を譲り合おうとする源太と晴興の友情のことも考えて?
    出世した晴興との身分の差に気おくれして?

    私には、泉は源太のこと大事にしていたように思いました。ご飯がないから代わりにお湯で足を洗ってやったり、少しの表情の変化にも敏感に気付いてやれる。自分たちのご飯もないのに、ちょび康の栄養失調になってるらしい子供への気遣いも見せてますね。

    3人それぞれの星と地べたについて。
    晴興は、自分の藩のことだけという地べたではなく、日本全体のことを考えての改革が星。
    源太は、今日明日の食べ物という地べたではなく、無力であれ自分たちの主張をお上に認めさせようという星。
    泉は、晴興の側室に収まって楽できる生活という地べたではなく、苦しくても村の農民たちとの家族との愛という星。

    と、こう考えると、晴興のキャラは何ら変化していないのでは。将軍もそういう晴興の視野の広さを評価して出世させたのでしょう。

    「違うんよ。ただ星が綺麗で」 このセリフはその星という言葉が何を意味するかによって受け止め方が全く変わりますね。泉にとっては村の人々との生活こそが星で、それを最後まで貫き通した彼女はとっても意志の強い女性なのでは。

    源太の「貴姫を断って、泉をもらってくれ」は私も引っかかりました。普通側室だし。
    源太の主張が、日本全体の改革ではなく藩の民のことを考えて欲しい、ということにも通じるので、
    貴姫(出世、農民への圧政)よりも、泉(自国民への慈愛)を選んでほしい、みたいな。
    考えすぎでしょうかw いや、でもこの方が納得できるなあ。

    しかし、観劇中にここまで客に解釈させるのは到底無理(私含め)なので、話の展開から置いてきぼりになっちゃったお客さんが多数いても不思議ではないですよね。
    そこが損ですけど、後から振り返ってみるとよく練られ作り込まれた作品のように思えました。

    あと、3人の演技がうまい!トリデンテ!
    あの小太刀を投げるシーンにはびっくり。全公演で1回失敗しちゃったってゆーみさんが言ってたけど、1回だけってかなりすごいだろ。よくあんなシーン入れたなと思ったもん。

  6. ゆらゆらイカ より:

    わたしも、ふらふらくらげさんと同じように思います。
    時間もたりないし、時代的な齟齬はあれど、共感できるよく練られた作品だと思いました。
    観ている時間だけで把握しきれない部分がほんとに損ですね。バウでやったら相当いい作品に仕上がりそうです。
    でも、三人の生き様、信念はぶれていないように思います。
    子供のころの出来事は、たとえ一日だけの事でも、大人の十年よりその人の中で大きい経験となる事すらあります。一緒に櫓をつくり、三年間、毎晩星を見上げた日々は、人生で一番幸せな思い出となったことでしょう。
    晴興が江戸へ行ってからも、源太と泉は櫓にのぼって一緒に星を見上げていたはず。
    星が美しくて泣いてしまうのは、そうした思い出がよみがえるからだと思います。
    最後、泉の脳裏に駆け落ちがよぎるのも、一瞬子供のころに心が戻ったからでは無いでしょうか。今の泉の気持ちの表れでは無いと思います。
    享保の改革は、吉宗の改革です。幕府の老中でありながら、最後に武士の守るべきものを全て捨てて領民の命を救った晴興は、三日月の民にとってはいい殿様だと思います。
    親友を斬り、民の命と引き替えにすべてを捨て、傷ついて孤独な晴興の心に、泉だけは手をさしのべようとした。無理だと分かってても。彼の心はどれだけ救われたでしょう。
    三人ともが、それぞれのやり方で、同じ想いを背負っているんだと思います。だから、源太だけが不憫とは思いませんでした。
    でも、こうしたことは、劇場で観たあと、DVDを観ながら感じたこと。スルメのような作品ですね。よくよく噛まないと、固くて喉を通りにくいのかも。

  7. karara より:

    こんなに引っかかる私がおかしいのでしょうか?

    ・水泥棒は重罪、そんな事を軽々しく農村の子供がやるはずがない。
    ・晴興は武士の子なのに、着袴もせず遊んでいますが、袴着前の年齢には見えない。
    (外見で身分制度はまず現される。)
    ・何故かこの上なくファンタジックなブルーの着物をまとう、貧農の娘。
    ・徳川から頂戴した姫を、はた目にもわかる位、おろそかに扱う藩主。
    (にらまれるよ?)
    ・ルソーでも読んだか、権利意識に目覚めたらしい不思議な農民一揆。
     一揆とは飢餓のために起きるものではないでしょうか。
    ・なぜか武士と農民が決闘。
    ・刀を投げ捨てる武士!
    ・蟄居の身なのに、何故外にいる!

    やはり大劇場作品には、ヒロインが貧農という設定に無理がありますよ。
    重労働だし、大雨や旱魃があれば辛酸を極める暮らし。
    貧しくても楽しき我が家、というには虚構を重ねないといけなくなる。
    もしこれがヨーロッパの荘園主と村娘の話なら全然OKです。
    だって詳しく時代を知らないから、ストーリーに酔えるでしょう。

    早霧さんは清朗、咲妃さんは女の一生ができる名役者だと思うし、望海さんは熱い。
    がっつりと大人の三角関係が見たいんですけど!
    (昨今、トリオって長続きしないから~。)

  8. みどり より:

    何にも考えずにひたすら号泣して、鼻水まで止まらず大変なことになりながら見ていました。
    日本史苦手なので時代考証とか全く気にならなかったです(^^;
    泉は百姓の子としては頭が良く、感情は押し殺して(最後は押しとどめておくことが難しくもなりますが)自分の立場をわきまえているのではないかなと思っていました。最後の星が綺麗でも、父さんがいないからでは子供たちを心配させる、ということかと解釈していました。
    私のようにアホで細かいところが気にならなければ、とても面白い作品でした。宝塚らしさはあまり感じなかったですが、見ごたえありました。(祭りの場面の途端に綺麗な衣装はさすがに気になりましたが、まぁ宝塚だし必要な場面なんだろうと思いました。)
    それにしても主人公以外貧乏百姓ってすごいなぁ、よく作れたなぁと思います。宝塚でこんなに芝居を見られるとは思いませんでした。

  9. ふらふらくらげ より:

    この脚本って、3人の物語の部分だけを見ればなかなかよくできてるけど、脇役の人生とか時代考証とかつじつまとか知ったこっちゃねえって感じ。いくらでもつっこめそう。なんせ一揆が決着した後のシーンなんて時空間を超越wしてて面食らいましたもん(本読みの段階とかで誰もつっこまなかったのか?)。時間内におさめるためにものすごい無理無茶してる感があった。でも、あまりそういうことにこだわっていると、今度は物語がつまらなくなってしまうし、かと言って何してもいいわけではもちろんなく、引っかかる部分が大きければ物語に感情移入できないし、なかなか難しい。まあそこが脚本家の力量が試されるところで、つっこみどころが多すぎてシラけてしまったという人がいてもおかしくはないと思います。脚本が仕上がった段階で他の人の意見を取り入れるとかした方がよかったのでは。2本立てという時間的制約は厳しかったようですが、大劇場で1本ものとしては地味すぎるしなあ。和ものでスケールの大きい話ってそもそも無理? 曲は好きでした。

    鈴虫(演技もうちょっと何とかならなかったのか)という役をもっとうまく使えば、失恋の痛手で急に仕事人間になっちゃった清興の内面とか、いろんな葛藤とかを描き出せたんじゃないかなあ。仕事人間というか、一国の政治を担うという非情になることも要求されることと、過去への思いを断ち切ることがリンクしちゃったような感じ。本物の星の方をあまり見なくなったのは、改革という星を見るのに忙しかったからというだけじゃなかったのでしょう。身分違いということを思い知らされたのはむしろ清興の方。側室にしてやることしかできないし、みんなと引き離して江戸に連れていくことになってしまうし。

    3人ともそれぞれ望みが叶ったものと、諦めなければならないものがあった。清興は泉と両思いだが一緒にはなれない。源太は泉と一緒に居られるが、彼女の一番にはなれない。泉は村人たちと生活できるが、女の幸せは得られない。国民全体の長期的な生活を改善しようとした清興は、自藩の人々を裏切る。その改革による困窮を救おうと、強盗のようなまねはしないが、年貢の取り立て方を改めて餓死しないだけの長期的な食糧を確保させよという一揆を起こした源太は、泉たちを裏切る。泉は晴興を裏切って源太を選び、しかし亡き夫の仇を打つことも果たせない。そんな自分が許せなくて自害をも試みるけれど、この時初めてお互いの立場を忘れ感情のみでぶつかる。星逢一夜。2人の星の軌道が交差するのは一瞬だけ。

    一揆を起こした農民たちの負傷者、死亡者をこれ以上出さないために行った武士と農民の決闘は、色々集約されていて必要なシーンだったと思います。あの2人でじゃないと意味がありませんもん。

    文章力なさすぎて、とりとめなくなってしまいました。

  10. karara より:

    武士は私情で決闘なんて許されないし、ましてや身分が違う農民との決闘なんて、ありえません。
    それが言うに事欠いて、藩主。
    この私闘だけでも改易もの。
    それは藩主が一番避けなければいけない事。
    観客受けする派手な立ち回りを入れたいなら、せめて晴興を藩士どまりに。

    ファンタジーにしては、天文とか、年貢の制度とか、ちゃんと考証してますよ、というのが透けて見えるわけです。
    でも架空の時代ですからねって、ちょっと都合よすぎませんか?と思うわけです。

    「若き日の唄は忘れじ」を上演した劇団が、こういう作品を企画会議で通す意図はなんだろうなと考えてしまいます。
    ほとんど時代劇を見たことのない観客が育ってきたから、いいだろう、という事なんでしょうね。
    でもフィクションとは、時代のルールを無視してよいという事ではないと思います。

    • ヅカ三昧。 より:

      karara様
      いつもコメント有難うございます。
      時代考証に基づくご指摘、非常に参考になります。

      「若き日の唄は忘れじ」は、主人公とヒロインの恋と惜別の情、仲間との友情、親子の絆と仇討ちを一幕内でしっかりと描き切った上、多数のキャラに見せ場を持たせているまさに「名作」だと思います。

      演出家デビュー作のオリジナル「星逢」に対し、原作付の作品を持ち出し比較するのはどうかという気もしないでもないのですが、今回の「星逢」について「日本物の傑作!」とか「ぜひ再演を!」とかいう声を一部で聞くと、どうしても一幕日本物の模範として「若き日」の名前を挙げたくなります。
      ストーリー的に若干被る部分もあるわけですし。

    • ふらふらくらげ より:

      下のコメント書いた後にあれっと思ったんですけど、
      あれは私闘に当てはまるんでしょうか。一揆というテロリスト集団のリーダーをうって鎮圧したのだから、個人間の決闘・私闘ではないのでは?

  11. ふらふらくらげ より:

    なるほどー。
    雪組だから日本物入れなきゃっていう安易な考えで作ってしまったのかな。物語の構造は変えずに、全く架空の国のお話にしてしまえばよかったのに。いやでもそれだとその架空の国のシステムとかの説明入れないといけなくなってくるから、今度は時間的に厳しいのか。退屈になりかねないし。小説とか漫画の舞台化ではなく、オリジナル作品で良作って難しいですねえ。しかも宝塚でやるという制約もあるし。

  12. ゆらゆらイカ より:

    プログラムの演出家コメントの注意書きにあることを、そのまま載せますと

    注)作中では都合上、忠実と違っている点があります。主には、幕府の税制改革が影響を及ぼすのは本来は天領(幕府領)のみである点や、九州の大名が幕府重役には就けない規則があること、暦のズレは江戸期では最大2日であること、江戸中期以降の一揆は、政治権力に対して正面から武力で反抗するものは少ない点などです。

    と、ありました。これを読んで、完全な作り話、おとぎ話なんだなと腑に落ちました。
    でも、納得出来る人も出来ない人もいるでしょうし、作品に対しての感想は人それぞれで、感想にいいも悪いも無いし、おかしいとかおかしくないとかもありません。好き嫌いがあるのも当然です。
    様々な感じ方があり、それをこうしたところで知る事ができるのは面白いと常々思います。

  13. ふりひこ より:

    最近になってこのサイトに初めてアクセスしました。よろしくお願いします。

    さて星逢一夜ですが、東京宝塚劇場の立見席で観劇しました。
    私も泣きはしなかったのですが、感じいるところがいくつかあって、また見たいと思えるお芝居でした。

    源太の「泉はお前にやる。もらってやってくれ!」というところと、晴興が駆け落ち云々の後で「たわむれじゃー!」と言うところ。
    人って本当に思っていることと真逆のことを、元気よく言うことってあるよなー、と。

    あと源太との一対一の真剣勝負で切り倒したこと。そういう判断に至ったのもわかる気がしました。
    家人は「どうせ蟄居するなら、源太を殺さなくていいのに!源太が可哀想だ!!」と憤慨していましたが。

    あと咲妃みゆさんの演技に感動しまして、ファンクラブに入ろうかな、と思っております。おっさんですが。

    ではでは。